富士山



吉田口五合目にて
 報告者   :  佐坂茂美 
 山  名 富士山  山行名 個人
 ルート

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松井ヶ丘―八幡東IC(第二京阪・名神・中央)−川口湖IC−西湖(青木ヶ原)−熔岩温泉

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熔岩温泉―(富士スバルライン)−吉田口五合目―(吉田口登山道)−久須志神社―頂上富士館

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頂上富士館―剣が峰―お鉢めぐり−久須志神社―(下山道)―吉田口―御殿場IC−(東名・新名神・名神・京滋)−樟葉―京田辺
 山行日  平成23年8月16日〜18日  天候 晴れ
 参加者  CL : 佐坂

男性 : 遊佐(研)、 片山、 村上、 遊佐(和)(一般)

合計 : 5名
 ルート概略図とコースタイム
 
 山行報告

この山行は色々と思いのある山行である。 第一に私自身毎年富士に登る事を決めているが、昨年は頂上まで登ることが出来ずに終わった。 又、昨年の富士山では3000m付近で村上さんが高山病に襲われたため今年は何とか剣が峰に立ってもらいたく、併せて遊佐さんのお孫さんとは23度山で会ったことがあり、特に一昨年の愛宕山ペース登山では私のゴールが遅いので途中まで私を迎えに来てくれたこともあった。 確かその時に富士山につれて行く約束をしたかと思う。 遊佐さんはこれまで2度の富士登山の経験はあるものの剣が峰、お鉢を回ってなく、片山さんも3000m以上の山は余り経験がないとか・・・。

816

初日、参加者を全てピックアップし、名神・中央と高速を乗り継ぎ、決してスピードを出し過ぎず快適なドライブとなった。 宿への到着が2時過ぎと早くなりそうなので折角だからと青木ヶ原の散策を決め西湖を目指した。

西湖の淵より青木ヶ原に入る。 青木ヶ原は散策ルートを外し樹海に迷い込むと脱出は出来なさそうだ。 そう考えると矢張り不気味感がある。短時間の散策を終え宿・熔岩温泉に向かう。 当宿での国産牛の「熔岩焼き」に舌鼓を打ちながらビールを飲み干し明日は必ず頂上を極めると誓いあい 早々のお開き、就寝とした。

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817日より富士スバルラインのマイカー規制が無くなったため、マイカーで吉田口五合目に向かう。 五合目の手前2000mの駐車場に車を駐車し、五合目までの舗装道路を歩く。五合目で最後の朝食、高度調整を行いいよいよ登山開始。 

このルートの六合目までは一旦下り登り直す必要があるので余り好きなルートではないが、このルートは小屋の数が最も多く途中何があっても安心出来るルートだ。 七合目近くになると「去年はこの付近でシャワーを浴びたな」と村上さんと話す。 今回の天候は最高だ。 適当な微風もあり体温のクールダウンには好都合が。 やがて昨年の小屋「七合目トモエ館」に到着。 昨年の山行を思い出す。

昨年はこの小屋を出て3000mの手前でギブアップ。 今年はなんとしてでも・・・

七合目を過ぎると登山道は岩場となる。 歩きやすいが急途となり酸素の少なさを体が感じ始める。 ユックリと息を吐き切り、思う存分新しい空気を吸い込む。 意識しながらこの呼吸を続けた。

八合目、八合五尺、久須神社の最初の鳥居が見えてくる。 もうすぐ山頂だ。 他のメンバーも何らの不安もなく調子よく登り続けている。 最年少(12歳)の和希君も元気だ。 これなら登り切れると確信した。

1430分、頂上の久須志神社に到着。 思わず握手を交わす。 

これからお鉢を半周時計回りに周り小屋「頂上富士館」に向かったが、途中強風に煽られたためテープシュリンゲを皆で握り締め重心を落としユックリと歩き、小屋に到着。

818

起床午前4時。 七合目や八合目に投宿すると仮眠状態でご来光に会わせての起床となるが、さすがに頂上。 十分な睡眠(午後7時消灯)の後ご来光を迎える。 

ご来光を堪能した後、剣が峰とその数メートル先にある日本での最高地点の岩の上に立ち記念撮影。 

「やった!」「リベンジ成功!」

 

お鉢めぐりを終え下山ルートでの下山開始。 ブルの通る道だから砂塵がひどい。 七合目を通過した時私だけ先に下山し車を五合目まで持ってくることにして 一人早足で歩を進めた結果、2時間10分程度で五合目に到着出来たのには我ながら驚いた。 

 

下山後は入浴で埃にまみれた身体を癒し、帰途に着く。
 
 感想文

3度目にして初めて剣が峰(最高峰3776m)に立てた

遊佐研治郎

P社静岡工場(静岡県袋井市)に勤務していた30代前半に2回富士山に登ったことがある。このときは2回とも、勤務を終えてからバスで富士吉田登山口(5合目)へ行き、頂上を目指して午後10時頃から夜通し歩いたが、「眠い」「寒い」「頭痛」の3重苦に悩まされヘトヘトになって頂上に立ち(最高峰と思っていたがそうではなかった)そのまま下山するという「カミカゼ登山」だった。

 今から3年前に孫の和希(当時小4)とときどき「かんなび山」を歩きながら「富士山に登る」約束をした。しかし最初の年はトレーニング不足で、2年目は私の滑落事故で断念、今回3年目にしてようやく実現できた。

 初日富士5湖の一つ「西湖」周辺にある「青木が原樹海」を1時間ほど散策し温泉旅館で汗を流し、牛肉鉄板焼き料理とビールで英気を養い十分な睡眠をとって翌日の登頂に備えた。

 二日目早朝4時半起床、5時半出発して河口湖5合目の登山口に到着し7時登頂を開始した。天候は晴れ、コンディションは上々、私の足も順調に動き「3重苦」も全くなく午後2時過ぎ「富士山頂上浅間大社」に着いた。登頂時間7時間、私はこれまでここが最高峰と思っていたが、実はここは最高峰ではなく、明日行く「剣が峰」がそれと知り、上記2回の登山は幻の山頂だったのかと少々気が抜けた感じがした。その後「お鉢めぐり」前半の半周を経て山頂山小屋に到着、午後5時カレーライスと卵スープの夕食を食べ7時消灯、ぎゅうぎゅう詰めの布団で眠れない夜を過ごした。

 三日目午前4時起床、5時前から朝焼けに輝くご来光を見た。辺りはご来光を見る登山者で一杯だった。その後「剣が峰」を目指して歩き6時過ぎ待望の最高峰に初めて立った。感激も一入のものがあった。富士山測光所の展望台にも登ってから、太陽に照らされて雲に写る「影富士」を見ながら後半のお鉢めぐりを楽しみ「須走り」の下山にかかった。下山道は小石と砂に足をとられ難渋したが、午前10時過ぎに河口湖5合目に到着して3度目の富士登山は終わった。

 70才を目前にして(9月28日が誕生日)孫と富士登山ができたのは最高の記念になった。リーダーのSさんはじめ同行してくれた仲間に感謝、感謝の気持ちで一杯です。
 
 富士山初登山
 枚方市立牧野小学校6年 遊佐和希
 

きっかけは2年前にじいじが「富士山を登りに行こうか」と言ってくれました。でも、その年は僕がトレーニング不足で行けませんでした。1年前は、じいじが首を骨折して行けませんでした。今年ようやく僕とじいじとじいじの山友達とで富士山に登れました。

8月16日

朝7時、樟葉駅に着いて佐坂さんの車に乗って村上さんと片山さんを迎えに行き高速道路に乗りました。午後2時頃に、河口湖ICで一般道に下りました。青木ヶ原樹海に午後3時頃に着き、車を降りて青木ヶ原樹海を1時間探検しました。そこは、自殺の名所で林の中に入ったら出てこられないそうです。でも、林の中は緑がいっぱいで怖くなかったです。そこから、1時間ぐらいかかって午後5時に溶岩温泉(旅館)に着きました。部屋に入ったら、窓から明日登る富士山が見えて、温泉は気持ち良くて、夕食の焼肉もたいへん美味しかったです。

 

8月17日

車に乗って、溶岩温泉を朝5時30分に出発しました。午前7時頃に河口湖5合目に着きました(5合目で2305m)。5合目から歩いて7合目までは、まだ厳しくなかったです。でも、7合目から頂上まで、すごく厳しかったです。登っていくほど、坂が急になっていくし、酸素が少なくなっていって呼吸がしずらいからです。だから、急いで登っている人は酸素が体全体に回らなくなって高山病にかかりやすくなります。僕は、ゆっくり、ゆっくり登ったので高山病になりませんでした。頂上に午後2時頃着いて山小屋に泊まりました。山小屋は、布団がぎゅうぎゅうにひいていて歩く所がありませんでした。夜、寝る時間が7時でした。でも、なかなか眠れませんでした。

 

8月18日

朝4時に起きて、登る準備をして朝ごはんを食べて4時30分頃外に出て寒さを、我慢して30分待ってご来光(朝日)を見ました(参考:大阪の冬の寒さ)。そこから剣が峰(富士山最高峰 3776m)に登りました。その高さからの風景は、雲がちょっと下にありました。それに、下を見たら街が小さかったです。それから、お鉢巡り(噴火口の周り歩き)をしました。富士山の最高峰を登ってから、5合目に下山しました。下山道は須走りコースを下って帰りました。須走りコースは砂、砂、砂でした。沢山の人が下っていたのでホコリがすごかったです。砂が道なので4回も、滑りました。3時間かかって、午前10時に河口湖5合目に着きました。車に乗って夜10時頃にじいじの家に帰ってきました。

     
 西海にて これから青木ヶ原樹海へ  樹海を行く  おや 何処へ消えた?
     
スバルラインの 標識追い 登山口へ向かう
     
 さあ 登るぞ  登山口にて  ちょっと一服
     
   頂上へ着きました  
     
  ご来光を待つ人たち   
     
 剣が峰を目指す人たち  日本で最も高い岩の上で 剣が峰からお鉢をめぐり下山コースへ